My Old Kentucky Home
ケンタッキーの我が家

作詞・作曲:S.フォスター/訳詞:三宅忠明


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まず、きいてみよう→
そして、よんでみよう!→

よくきいて
発音をまねしてみよう!!

うたうためにはまず聞き取ることが大事です。
なんども聞いて英語のリズムを覚えましょう!
耳でおぼえよう!

 S.フォスター(Stephen Foster, 1826-1864)、1853年の作品です。この年は、日本にとっても忘れがたい年ですね。そう、明治維新の15年前、アメリカのペリー提督が4隻の軍艦(黒船)を率いて浦賀に来航した年です。これは、米国内にあっては、新進の作曲家フォスターが大人気を博していた時期と一致するのです。ペリーは、徳川幕府の要人たちとの交歓会で、軍楽隊とともに連れてきた水兵たちの演芸グループに、前年出来たばかりの「旦さんは冷てぇ土ん中」“Massa's in de Cold, Cold Ground”(7月21日、Upload)などフォスターの作品3曲を披露させていますが(笠原潔『黒船来航と音楽』吉川弘文館、2001)、本国にあっては彼はちょうどこの曲に取り組んでいたわけです。ペリーの演芸グループはミンストレルズと呼ばれ、顔や手足を黒く塗って黒人に扮した白人たちで形成されていました。南下してくるロシアを意識して、幕府の要人たちの心を掴もうとするペリーの意気込みは並々ならぬものだったと思えます。事実、数度に及ぶ交歓会は多大な成功を収めました。フォスターの曲は日本人にも馴染み深い彼の祖先の国アイルランドのメロディーを基盤にしていますから、すぐに覚えて愛唱歌にした日本人も結構いたようです。維新の10年以上も前の日本で、髷を結った侍たちがフォスターを歌っていたと想像するだけでも愉快ですね。
 フォスターの歌が奴隷制度を彷彿させるという理由で、学校の教室からすっかり締め出されていることについては前にも述べましたが、かつて州歌として親しまれたこの「ケンタッキーの我が家」もよく槍玉にあがります。darkeysはともかく、corn topscabin floorまで駄目だというのは、どう考えても行き過ぎのような気がします。せっかく公の場で歌う機会を得た歌手たちも、これらの言葉を他の単語に代えて歌っているそうですが、私は一種の邪道だと思います。darkeyspeoplebrothersに代えたところで、人権問題の何の解決にもならないし、何よりもフォスターの意図を殺してしまうのです。あの世でフォスターが、苦笑くらいならよいのですが、歯軋りしているような気がしてなりません。
 なお、2番の“possum (opossum)”は「フクロネズミ」、“coon”は「アライグマ」のことですが、どちらもあまり馴染みのない動物なので、下の訳では歌いやすさも考えて、それぞれ「タヌキ」と「クマ」としてみました。