アメリカの生んだ大人気作曲家フォスター(S.C. Foster, 1826-1864)の1851年、初期の代表作です。日本では「おー、スザンナ」「オールド・ブラック・ジョー」と並んで、かつての音楽教科書の定番でした。「はるかなるスワニー川、岸辺に…」で始まる「スワニー川の歌」は小学5年の教科書に必ず登場したものです。そして中3では、原詞つきのものが出てきました。「スワニー川」という名前を決定するにあたっては面白い逸話があります。歌い(発音し)やすくて3音節からなる適当な川がないものかとフォスターは広いアメリカの地図を広げ、くまなく探します。そこで見つけたのがフロリダ州にあるこの小さな川でした。フォスターは3年前に発表していた『おー、スザンナ』によってすでに有名人気作曲家になっていましたから、この曲とともにこの川の名前もたちまち全米に知られることになりました。フロリダ州では今日までこれを州歌としているほどですが、不思議なことにフォスター自身は生涯で一度もこの川を見ることはありませんでした。今日ならさしずめ「名誉州民」といったところですけどね。
この歌については私自身も強烈な思い出を持っています。学校のどこかで、音楽室だったか、先生の宿直室だったか、たまたまレコードプレーヤー(当時は蓄音機といっていました)とSP版(LP版の出る前の床に落とすと割れるようなものでした)のレコードを見かけたのです。それが英語版のこの曲でした。何気なく掛けてみると、前奏とともに、次の英語解説が耳に飛び込んできました。
Stephen Foster can be called one of America's best known composers. His many songs were inspired by the plantation life of the South. Among these “The Old Folks at Home” is one of his most widely known and best loved. The words and melody which accompany it have the infinite sadness and haunting beauty, characteristic of Negro folk music. As you will hear you will be strongly reminiscent of Moore's Irish songs.
(スティーヴン・フォスターはアメリカのもっともよく知られた作曲家のひとりでしょう。彼の歌の多くは南部の大農場生活よりインスピレーションを受けています。中でもこの『故郷の人々』はもっとも広く知られ、もっとも愛されたもののひとつです。この歌の歌詞も曲も果てしない悲しみと、ぞくぞくするような美しさを持っていますが、いずれも黒人のフォーク音楽の特徴です。聴いてごらんになったら、フォスターの先祖の国アイルランドの詩人トーマス・ムーアの歌を連想されるでしょう)
現在 Negro などということばを使ったら大変なことになりますが、美しい女性の声の響きで、これに続く歌唱以上に魅せられましたのを覚えています。特に、 called, songs, Home, known, it, characteristic, hear, reminiscent など、それぞれ息をつくところで抑揚がハネ上がる(女性発音の特長)んですね。英語の音って何て素晴らしいのだろう、というわけです。詳しい意味が分かったのは大学生になってからでしたが、暗唱はひまさえあれば、中学生のときからやっていました。思えばこれも私が英語を本気で学ぶきっかけを与えてくれた出来事のひとつですね。原詩は次のような意味です。
なお、櫻井雅人・一橋大学教授にうかがったのですが、この歌の主人公は懐かしい故郷に帰りたくても帰れない、多分逃亡奴隷だろうとのことでした。
なつかしい故郷の人々(訳:三宅忠明)
スワニー川のはるかしも、遠い遠いかなた、
ぼくの心はいつもなつかしい人々のいるそこを向いている。
広い世界を悲しくぼくはさまよう。
故郷の人々を遠く離れ、なつかしい農場に恋焦がれる。
コーラス
どこをさまよっても、この世界は悲しくつらい。
おお、黒○○よ、この心のつらいことよ、
故郷の人々から遠く離れていると。
若い頃、小さな農場のまわりをさまよった。
幸せな多くの日々を費やし、多くの歌を歌った。
巣の周りでミツバチが飛び交っているのが見られるのはいつだろう。
バンジョーの弦の音が聞けるのはいつだろう、故郷の人々から遠く離れて。
藪の中の小さな家、ぼくが心から愛した。
今でも思い出がこみ上げて悲しくなる、どこをさまよっていても。
兄弟と遊んでいたときは、本当に楽しかった。
おおぼくを老いた母のもとへ戻してくれ、生きるも死ぬもそこでしたい。